2017.01.10
企画本部 ダイレクトマーケティング・ストラテジスト
篠崎 直人
新たな転換点を迎えたダイレクトマーケティング。今その先端で何が起きているのか?ロサンゼルスで開催された米国ダイレクトマーケティング協会(DMA)のイベント「&THEN」に参加してキャッチした最新トレンドを連載でお届けする。
第2回目は世界各国の秀逸なダイレクトマーケティング事例が一堂に会する「エコー賞」贈賞式の模様をレポートしよう。
エコー賞(DMA INTERNATIONAL ECHO AWARDS)は、DMA米国ダイレクトマーケティング協会が主催する、世界で最も権威のあるダイレクトマーケティングのコンペティションである。毎年世界各国から1,000点近くの応募があり、その年の世界最高のダイレクトマーケティング・キャンペーンを決定する賞で、毎秋DMAの年次大会において受賞セレモニーが執り行われる。今年は「&THEN」の3日間の会期の初日にあたる10月16日に開催された。
弊社は昨年自社をクライアントとしたBtoB DMキャンペーンで「Silver賞」と「Gold Mailbox賞」のW受賞を果たしている(ご参考)。
今年はニュージーランドが強かった。
ニュージーランドというと、恥ずかしながら筆者にはラグビーとかキウイとか映画「ラストサムライ」や「ロード・オブ・ザ・リング」のロケ地となった風光明媚な大自然といったイメージしかなかった。しかし今回、ニュージーランド人の”痺れるクリエイティビティ”をこれでもかと見せつけられることとなった。
今回のECHO賞は昨年よりもカテゴリーが10部門も増えて全部で23のカテゴリーから構成される。例えば、「Best use of DM/Email/Social Media」など媒体別優秀賞や、「Copywriting」「Art Direction」といったクリエイティブ専門賞が新設されている。
これら全23部門のうち、グランプリであるダイアモンド賞を筆頭として、実に8部門がニュージーランド企業(広告主および制作者)に贈られたのである。さらにそのほとんどがColenso BBDOというニュージーランドの広告代理店。何があったか知らないが、相当気合いを入れて「獲りにきた」模様。
ダイヤモンド賞受賞作品は、ニュージーランドの有名ビールブランド「DB EXPORT」が行ったビールの売り上げ向上キャンペーン「Brewtroleum」。「brew=ビールを醸造する」と、「petroleum=石油」を足した造語で、さしずめ「醸造石油」といったところ。
この受賞作、カンヌライオンズ2016のPromo & Activation部門も受賞しているのだが、とにかく受賞作の中でも着想とスケールが群を抜いている!
奥さん:「あなた、どこに行くの?」
夫 :「地球を救いに行くのさ!」
あなたもぜひYouTubeの動画をご覧いただきたい。
(動画)奇想天外な企画でビールの売り上げと地球環境に貢献!?
日本同様ビール市場の縮小が進行しているニュージーランド。DB EXPORTの売り上げアップのために広告代理店が提案したのはビールを製造する際に生まれる副産物を利用して、なんとバイオエタノール燃料を製造してしまおうというアイデア。これを「Gull」社が経営するガソリンスタンドで実際に販売するという「そこまでやるか!」な取り組みなのである。
この燃料は6ヵ月の研究開発を経て実現したもので、従来のガソリンに対して二酸化炭素を8%削減可能という。「DB Export」が売れれば売れるほどバイオエタノール燃料が生まれて地球が救われる、というわけだ。
実際、縮小するビール市場にあって10%の売り上げ増となる330万本のビールを売り、30万リットルの「醸造石油」を精製したという。日本では車とアルコールを結びつけるなんて最悪の組み合わせとして真っ先に却下されそうなだけに大胆不敵なアイデアと実行力に賞賛を贈りたい。
この事例において、DMやEmail、テレマーケティングは使われていないか、少なくとも主役チャネルではない。と聞いて、「それでダイレクトマーケティングといえるのか?」と疑問に思った諸兄は、拙稿” ダイレクトマーケティングはもう古い?! 米国マーケティング最新事情(1)”もぜひご一読いただきたい。
ダイレクトマーケティングというと、ダイレクトメールや通信販売のこと、あるいはマスマーケティングの大局的存在と勘違いされることが少なくない。しかし、ダイレクトマーケティングではテレビや新聞などマスメディアを使った新規顧客獲得やブランディングを当たり前に行うし、通信販売に限らず店頭に誘導したり資料請求を喚起したりするのもダイレクトマーケティングである。
大切な観点は、広告予算を経費として考えず、投資と回収の関係で捉え、顧客との関係性を継続するマーケティング手法であるということである。
同時に、ECHO賞の評価軸は以下の3点で構成される。
(1)卓越した戦略 (2)難関を突破するクリエイティブ (3)驚異的な成果 |
本事例は全ての点において優秀と評価されたマス型のブランドプロモーションというわけだ。
以上のように整理しつつも、私を含めていまいち釈然としない感情が残るのは、おそらくこの事例がデータ・ドリブンではないからだろう。何がしかの顧客データ分析に基づいたパーソナルなコミュニケーション施策が実行されていれば「ああ、いかにもダイレクトマーケティング!」という印象があるのかもしれないが、そうした形跡が(公表内容からは)読み取れなかった。
私たちになじみ深いDMを活用した出色の事例に贈られるのが、新設された「Best use of Direct Mail」。初受賞は、ゼロックス・ニュージランドのキャンペーン「Golden Opportunity」に贈られた。
メタリックゴールドとシルバーを印刷できる業界初のデジタルプリントプレス「Color 1000i Press」の新発売キャンペーンをDMで実施。ニュージーランドの印刷会社を対象に、製品披露イベントの招待状として手作りの伝統的なナイジェリア様式の箱型DMを206通送付した。「Color 1000i Press」で金と銀を使って印刷したカタログを同封して品質をアピール。
手紙の演出から招待イベントを含めたキャンペーンのストーリーづくりが秀逸なこの事例。
DMに同封される手紙では、ソロモンという名前の架空のナイジェリアビジネスマンが登場し、彼のヤギ農場に湧き出る金と銀のプールの開発ポテンシャルを外国の投資家に知ってもらおうとEメールで告知。しかし、「ワースト・スパマー」と見なされ誰も相手にしてくれないことをいぶかしんでいた。そこへニュージーランドの富士ゼロックスからメールが来て、彼のプロモーションを助けるとオファーがあったというストーリーが展開されている。
パーソナライズしたデジタルレスポンスメカニズム(Web)も使って、206通のDMに対するレスポンス率は61%。招待イベントではナイジェリアダンサーやミュージシャン、サンドアーティストによるパフォーマンスが行われ、印刷機をじっくり見る間にリフレッシュできるよう、金銀のラベルが施されたビールもふるまわれた。当日に2台、さらにその後80台が売れアジアオセアニア地区の販売に大幅貢献したとのこと。
(動画)エントリームービーが流れると贈賞式会場は爆笑に包まれた
単にプリンターの売り込みといえば元も子もないが、BtoBだからといってビジネスライクでなく演出面でユーモラスなストーリー仕立てにしたところが重要である。
これはエコー賞の理事が言っていたことだが、最高の施策はデータとクリエイティビティの戦いなくして生まれない。ターゲットを綿密にリサーチし戦略をロジカルに練りつつも、それが真にターゲットを動かすには「EMOTION」を捉えることが必要なのだ。データとサイエンスは最大のクリエイティビティを発揮するための前提材料やテクニカルなヒントを得る手段として重要だが、それを一発で体現しターゲットを前のめりにさせるには「気の利いた圧倒的なアイデア」が欠かせない。
以上、トピカルな2例をご紹介したが3月に弊社が開催する「DMweek2017」では、さらなる示唆に富んだ事例をご紹介することができるだろう。
篠崎 直人 ダイレクトマーケティング・ストラテジスト 2004年トッパン・フォームズ株式会社入社。化粧品・健康食品の単品リピート通販業界を中心にダイレクトマーケティングの戦略プロデュースに従事。トッパンフォームズのダイレクトコミュニケーション・ソリューションブランド「Ugocus」を創設。宣伝会議賞、BtoB広告賞、全日本DM大賞、DMA国際エコー賞受賞。通販検定1級。第30回 全日本DM大賞二次審査委員。 |
・[特集]ダイレクトマーケティングはもう古い?! 米国マーケティング最新事情(1)
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