2017.02.06
企画本部 ダイレクトマーケティング・ストラテジスト
篠崎 直人
今、ダイレクトマーケティングの先端で何が起きているのか?ロサンゼルスで開催された米国ダイレクトマーケティング協会(DMA)のイベント「&THEN」に参加してキャッチした最新トレンドを連載でお届けしてきた。
最終回となる第4回目は、ミニセミナーから本イベントのテーマ「創造性の科学(the Science of Creativity)」にふさわしいエッセンスをご紹介しよう。
どのセミナー会場も立ち見が出るほどの盛況
トッパンフォームズでは、LABOLISを中心として生活者のインサイトを多角的に調査研究している。中でも特に注力しているのが、視線計測、脳波計測だ。顕在意識と潜在意識の両側面からターゲットに「伝わる」施策設計やレスポンスクリエイティブの評価・改善に取り組み、実績を積んでいる。
まれに誤解されるのであらかじめ断っておくが、こうした取り組みは決してクリエーターの勘や経験、インスピレーションを否定するものではない。むしろ感覚的、直観的に心を捉え揺さぶるものの原理やメカニズムを知り、意識的かつ戦略的にクリエイティブやマーケティング戦略に適用することで、効果を向上させようという試みなのである。
筆者が最も面白いと感じたのは『選択の心理』というセミナーだ。ここでは「無意識」に訴えかける重要性と効用が説かれた。スピーカーはあらゆる業界のマーケティングおよび販売プログラムに心理学的原則を適用し成果を上げているというe4marketing社CMOのマクマートリー氏。
フロイトによれば顧客経験を決めるのは思考の90%を占める無意識にもかかわらず、従来のほとんどのマーケティングは10%しかない顕在意識のみを対象にしてきたという。
講義ではこんな実験例が与えられた。次のような条件提示をされたら、あなたは4つのうちどれを選ぶだろうか?
[A]必ず240ドルもらえる [B]25%の確率で1000ドルもらえるが、75%の確率で何ももらえない [C]必ず750ドル失う [D]75%の確率で1000ドルを失うが、25%の確率で何も失わない |
真っ先に[A]。次に[B]。[C]と[D]ではどちらがマシか少々迷うだろうか。
さらにもう一問。次の2つならどうだろう?
[A]25%の確率で240ドルあたり、75%の確率で760ドル失う [B]25%の確率で250ドルあたり、75%の確率で750ドル失う |
おそらく、[B]を選んだのではないだろうか?
割合古典的なこの事例で十分感じていただけるように、人間は意識的にであれ無意識的にであれリスクを回避する傾向がある。選択のための比較検討自体は意識的な思考だが、そもそもその思考は「なるべく損をしたくない」という原理に基づいた思考である。「損失回避性」というキーワードで検索すると多くの事例や解説がヒットするのでご興味のある方は参考までに調べてみてほしい。
マクマートリー氏は、人間には損失回避性があることから、企業としては顧客が見て感じる「損失」(およびその逆の「報酬」)に対処するように商品と経験を組み立てる必要があるという。いくつかの商品から選んで購入を促す場合や、キャンペーンのオファー設計などに役立つ基本的な考え方といえよう。顧客は本能的に「何かを得れば何かを失う」ことを知っており、大抵の場合なるべく「おトクな」方を選ぶ。
それでは、損失を避け「報酬」を得ようとする場合、どのような価値がドライブとなるのだろうか?講義では次の5つが挙げられていた。
・Purpose ・Belonging ・Happiness ・Validation ・Greater Good |
目的 親密な関係 幸福 確認 個人だけでなく社会全体の利益 |
また同氏の調査によると上述のような動機に基づき、消費者はブランドに対して以下のような意向を持っているという。
消費者の… ・90%が無責任で当てにならないブランドからは買わない ・89%が社会性や環境への配慮を重視したブランドから買う ・76%が信頼できるブランドが提供する慈善活動に寄附する ・72%が信頼できるブランドが提供する運動に進んで参加しようと思う |
ところでこのような価値基準は、B2BとB2Cでは違いがあるのだろうか?
講義ではこの問いに対して一見意外な調査データを引き合いに、B2BではB2Cよりエモーショナルな選択が行われると報告された。
・ブランドに感情的つながりを感じている購入者の割合は、 B2Cでは4〜10% ⇒ B2Bではこれに対し50%増える ・個人的な価値を見いだすと製品の購入率が50%高まる ・個人的価値に対してプレミアム価格を払う可能性は8倍 ・86%の購入者は支払う価値のあるサプライヤー間の違いを見ている |
これはどのように解釈できるだろう?
B2Bでは多くの場合、個人的消費よりも慎重な比較検討が行われる。選択した商品やサービスの導入目的や効果について説明できる必要があるためだ。この行為は一見冷静で合理的なようだが、実は「本能的に」これはいい!と腹落ちした商品の評価ウェイトを高めて推奨したくなるものだ。そこに合理的説明をつけて購入に至った結果、購入したブランドに対する納得感=感情的つながりは個人消費の場合よりもさらに強くなる、ということではないだろうか。
メーカーのマーケティング担当者であれば「USP(Unique Selling Proposition)」という単語は今さら説明の必要もないほど日々の会議で擦り切れるほど使われていることと拝察する。しかしこの講義ではUSPには顧客との関係性構築における限界があるという。USPは競合商品との機能的な差別化訴求に終始して考えられるため、競合が機能アップすれば瞬く間にUniqueさを失ってしまう。つまりUSPに基づいた商品訴求は短期的にしか機能しないといえる。
では顧客との長期的関係を維持するにはどうしたらよいのか?そこで登場するのが「ESP」という概念である。
ESP :Emotional Selling Proposition 感情とイメージに基づく情緒的ブランド価値 |
顧客との長期的な関係維持には、USPとESPの両方を組み合わせた訴求が必要であると同氏は主張する。これはよく商品の機能的特徴やメリットだけでなく、商品を手にすることによりベネフィットを訴求せよという言説とほぼイコールだと思う。
例えばある野菜ジュースの広告をイメージした場合、以下のような違いが出る。
USPに基づいた訴求: |
16種類の国産野菜を独自の製法でブレンドした 天然果汁100%でおいしい野菜ジュースです! |
ESPに基づいた訴求: |
この野菜ジュースを飲むとこのモデルのように お肌つるつるでスタイルもよくなり仕事も生活もイキイキします! |
講義ではUSPからESPに転換することで成果が上がった事例がこれでもかと列挙されていた。
ESP訴求に切り替えると… ・A/Bテストにおいてコントロールの640%の収益 ・コントロールの200%のレスポンス率 ・1キャンペーンあたりROI 3000% ・全顧客のLTVが上昇 ・初めて送るEmailの開封率が42% ・ESP型EmailのCTRは100% |
筆者の経験では、単品リピート型通販では必ずしもESP訴求が高レスポンスをはじき出すとは限らない(というより認知度の低いブランドではUSP訴求の方が強いことの方が多い)のだが、ブランドの成長とともにESP型訴求が必要となるケースは確かにある。
しかし逆にいえば、初めからESPまで含めて設計された商品であれば、訴求ポイントを徐々にUSP重視からESP重視に矛盾なくシフトしていく戦略がとれる。商品単体の売り上げ伸張にフォーカスするあまり、売り上げが頭打ちになって初めてそのブランドが消費者にどのようなESPを提供するものなのか考えあぐねるという通販企業は結構多いというのが実感である。数々のヒットを生み出している外資系通販会社では、オリエン時に商品とブランドのESPが明示される。
貴社でもあらためてESP視点で商品を見つめ直してみてはいかがだろうか。
なおトッパンフォームズでは、クリエイティブが情緒面にどのような影響を与えるかを脳波計測によって明らかにする取り組みを推進し事例も出始めているので、ぜひ本LABOLISサイトをご覧いただけると幸いである。
本連載では今まさに変革の渦中にあるダイレクトマーケティングについて、業界をリードするDMA「&THEN」の動向をレポートしてきた。印象として昨年は「データドリブン」にかなりフォーカスされマーケティングオートメーションやデータ分析活用に重きが置かれていたのに対し、今年は感情にアピールするクリエイティビティ(創造性)を重視した内容であった。
来年のトレンドがどうなるのか、エコー賞受賞作品の傾向はどうなるのか?引き続き目が離せない状況だ。
篠崎 直人 ダイレクトマーケティング・ストラテジスト 2004年トッパン・フォームズ株式会社入社。化粧品・健康食品の単品リピート通販業界を中心にダイレクトマーケティングの戦略プロデュースに従事。トッパンフォームズのダイレクトコミュニケーション・ソリューションブランド「Ugocus」を創設。宣伝会議賞、BtoB広告賞、全日本DM大賞、DMA国際エコー賞受賞。通販検定1級。第30回 全日本DM大賞二次審査委員。 |
・[特集]ダイレクトマーケティングはもう古い?! 米国マーケティング最新事情(1)
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